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雪の山 投稿者:アルチュウスイマ〜 投稿日:2012/02/20(Mon) 21:46 No.611  

今日は仕事も一段落し(と思ったらメールが届いたが、しかし見なかったことにして)光が丘のプールに行ってきました。

いつのまに、なかなか立派な雪の山があったので、皆さんご覧下さい。
手前に見えるのは足湯(無料)です。

これほどでなくとも、酒田の街の至る処それなりに雪の小山が累々と続き、まさに錬成の成果であります。



言いまつがい 投稿者:ダラケン 投稿日:2012/02/19(Sun) 20:06 No.610  
「長引く公共工事」と「過酷な気象」。これを以て、錬成の場とするのであれば、それに括られる酒田市民の辛抱たるや如何ばかりか…。

さて、最近、糸井重里の「言いまつがい」は見事に私の笑いの壷にはまりました。ちょっとした言い間違いや,やり間違い、長い間の勘違いを集めたものですが、「あるある」な感じのおかしみが、思わず笑いを誘います。
以前、この掲示板でも童謡の「赤い靴」の歌詞で、♪異人さんに連れられて♪を、♪ひいじいさんに♪とか、♪美人さんに♪とずっと思っていたといった話がありましたが、そういった類いのオンパレードです。

こんな感じです。

・北島三郎の名曲「函館の人」の ♪後は追うなと言いながら〜♪を、♪あとは『女』と言いながら〜♪ (豪快じゃのう)

・ガソリンスタンドにて、わがダンナ、「現金満タンね」。(現金でレギュラー満タンの言いまつがい)

・わたしは、高校の時、「ベテーはパーテーに行きました」と言う先生に、英語を習っていました。(なんか聞いた事ある。DDTはデーデーテー)

・うちの母は、「DJ」を「でーじー」と言います。(意味不明)

・「このハマのCDもらったんだけど、聴く?」と、父が差し出したのは、「浜崎あゆみ」でした。(ジジイ、通ぶりやがって、それを言うなら「あゆ」だっちゅーの!)

・高校の卒業式。当時、自分の担任だった先生が司会で、入場してきた生徒を着席させようとしたその時、「着陸!」と真面目な顔で言いました。(手を飛行機のように広げて、ゆっくり座りましょう)

・中学校のとき、全校集会で校長先生が「CD」のことを「すいでぇ」と言ってました。最初何のことかわからず、「水田」と言ったのかと思いました。(東北人なら、一発了解ですね)

・「ゴールドマン・サックス証券」に勤めている友人。ある日、顧客に電話をしたら、電話の向こうで、「○○さ〜ん、『ゴールド万作商店』様からお電話です!」という声が聞こえた。(トホホ)

・わたしの叔母は、自分の名前を説明するときに、「英語のエイに、子どもの子です」と言います。ある日、「鈴木A子様」と書かれた郵便物が届いた。(犯人かい!)

・大学時代、たまり場の居酒屋の新作メニューに手書きで「いかそうめん」「カレーコロッケ」に並んで『洋風おやじ』の文字! これ、なんですか?というと「リゾットみたいなのだね」とマスター。(ベレー帽にネッカチーフのおやじが出て来たら最高だね。でも食えん!)

などなど、可笑しさ満載、抜粋してみました。カッコ内は私のツッコミです。



コミュニティ新聞から 投稿者:h 投稿日:2012/02/18(Sat) 17:53 No.609  
 酒田の人口減少が止まらない。コミュニティ新聞によれば、人口減少率が県内人口上位5市中酒田1位で鶴岡2位。今から23年後の2035年には酒田の老年人口は38.5%、鶴岡は37.9%になるらしい。医者と僧職が超多忙の時代になりそうだが、無職の老人ばかりが徘徊する町内というのは余り想像したくない。
 先日タクシーの運転手の話、出羽大橋の改修が着工以来10年に及んでいるのは年度ごとの途中で予算が無くなるからということだった。今年の11月には全面開通するらしいが、定年退職までは何とか間に合うかも。
 酒田市民の辛抱は過酷な気象以外にも十分錬成の機会がある。



風の記憶に 投稿者:伊藤 投稿日:2012/02/13(Mon) 13:21 No.607  
 吉野弘氏のI was born.の詩が彫られたプレートは、ここ数年来酒田商業の職員玄関に飾ってあったが、今度は光陵高校に移ることになる。この詩は、自分の意思ではなく生まれさせられた自分が、やがて自分の責任で人生を生きてゆくことの大切さを訴えたものだと思う。昔、この詩にまつわる話やら何やらを、スプーンで何度か対談として載せていたものを一冊の本にしたのが「風の記憶」。この本には昔の酒田がたっぷりと紹介されている。


Re: 風の記憶に 返信者:しん 返信日:2012/02/13(Mon) 21:59 No.608  

さっそくの情報をありがとうございます。
なぜ職員玄関なんだろうか?という素朴な疑問が残りますが、つっこまないことにします。それと「SPOON」の休刊はとても残念です。

昨年、近所の新古書店(つまりブックオフ)で吉野弘の『贈るうた』を見つけ購入したのですが、なんと105円という値段でした。本の価値など分からぬ人が値を付けることに少しの怒りを感じつつも、掘り出し物とばかりにほくそ笑む小市民的なもうひとりの私がいます。『贈るうた』には「I was born」の他「祝婚歌」「生命は」などの代表的な詩が掲載されています。読んでから21歳の娘にあげたのですが「ふ〜ん」といったきり未だ読んだ形跡はないようです。いつの日か心の琴線に触れればそれでよしと思っています。

是枝裕和監督は「I was born」と「生命は」にインスパイアされて映画『空気人形』を作ったとか。作品の評判はいまひとつだったかもしれませんが、私の好きなペ・ドゥナ(『リンダリンダ』に出演して評判だった韓国女優)が劇中詩として「生命は」を朗読しています。
http://www.youtube.com/watch?v=PtM-BZ-j5V4&feature=related



海鮮市場のタラ汁 投稿者:h 投稿日:2012/02/12(Sun) 20:51 No.606  
 このところ週末になるとドカ雪が降る。しかも低温と強風のためパウダースノー状態。ウォーキングで凍てついた道を海鮮市場まで行くと二階食堂が意外にほっこりした空間になっている。最近では歩いてゆく道すがらが寒ければ寒いほど一杯5百円也のタラ汁がうまい。
 今日は荒天のためとびしま丸が欠航だった。でも酒田の漁師はこんな天気でもタラを求めて出航するのだろうか。一本のタラを捨てるところもなくドンガラ汁にするのも妙に納得できる。



詩人・吉野弘 投稿者:しん 投稿日:2012/02/10(Fri) 22:37 No.605  
最後に紹介された世界の奇食が『卵かけ御飯』だったのが示唆的でよかったですね。
そういえば、子供のころ『きな粉かけ御飯』というのもあったけど、きな粉に砂糖を入れた甘いやつで好きにはなれなかった。昭和30年代、高度経済成長が食卓の幸福度を押し上げていくと同時に、淘汰され次第に消えていった一品かもしれない。

ところで先週、山田太一脚本のドラマ『キルトの家』を観ていたら、山崎努が三浦貴大に「『魂のはなしをしよう』と云ったのは俺が考えたセリフではなく、吉野弘の詩にあるフレーズなんだ」と話していた。酒田出身の詩人・吉野弘は、谷川俊太郎や茨木のり子と並ぶ現代の代表的詩人のひとり。今回のドラマのように、いろんなところで吉野弘の名前が出てくるたびに気になってしまう。だから古本屋で吉野弘に関した本と出合えばなるべく買うようにしてきた。初めて吉野弘の詩と対峙したのが「I was born」という詩。生まれるって受動態だったという発見、父の話、カゲロウの短いイノチ、そして亡くなった母のこと。それぞれの言葉の断片が深く心に降りてくる、これは傑作だと思った。

ちなみに吉野弘の詩に多くの作曲家やミュージシャンが曲をつけているそうだ。それと調べてみたら遊佐中学校、琢成小学校、泉小学校の校歌の作詞を手掛けていたのが分かった。
母校の酒田商業高校には記念のプレートが飾られているらしいね。



自分だったらこれ 投稿者:伊藤 投稿日:2012/02/09(Thu) 21:16 No.604  
 テレビのサソリとフグ胆勘弁です。あとは食えそうな気がする。同様に自分だったら食えそうもないのがこれ。ベトナムだったかタイだったか忘れたが、もうすぐ殻が割れて生まれ出てきそうになった鶏の卵料理。これは想像するととても食えない。もっとも、生まれてしまえばすぐ食えるけど。もう一つ、経験してもう食わなくていいのが子マムシの蒸し焼き。親マムシの胎内にいたものをまとめて蒸したもの。当時22歳の私は、お前の人生ここで終わっていいのかと、長い時間自問自答した挙句に死ぬ思いで飲みこんだ。その時、生死を考える機会は案外簡単に来るものだと知った。


奇食の王様 投稿者:ダラケン 投稿日:2012/02/07(Tue) 22:27 No.603  
先日の「奇食」の番組を見て思ったのは、なんでも食べるのは中国人ではなくて日本人なのでした。
「食」に関して類い稀なる興味があって、工夫、研究、そして挑戦するのは、間違いなく日本人以外ないと確信しました。

中国4000年の歴史を通しての食文化では、中国人は四つ足で食べないものは椅子と机、飛ぶもので食べないものは飛行機と言われました。
でも中国人は河豚は食べません。日本人は食べます。食べますどころか、河豚を嫌いな日本人などまずいないでしょう。しいて言えば、食べた事が無いので美味しいのかどうかわからないといったところでしょうか。日本人が河豚を食べるにいたるまでには、毒にあたって死んでしまった数多くの先人がいました。そこが日本人のすごいところです。「そこまでして食うか!」 

日本人の食文化を外国と比較して大きく違うところは、魚でも肉でも生で食べちまうところだと思います。
所謂「刺身」。
最近は世界的に「刺身」はポピュラーになってはいるけど、鮪の、あるいは鯛の、あるいは、鮑の刺身の美味しさを理解する外国人は存外少ないと思います。長年、犠牲と経験で培った日本人の「刺身文化」は文化遺産として世界に誇れるところです。

なにせ、世界中で、生卵を食するのは「日本人」と「蛇」以外いないと世界から賞賛されているのですから…。



寒いやろ 投稿者:ト全 投稿日:2012/02/04(Sat) 10:36 No.602  
ハノイもけっこう寒いのや。15℃以下になると小学校なんか休みに
なるらしいねん。暖房でけへんのやて。風邪ひかれたら学校困るらしいねん。



チャンチャチャチャチャチャチャ、チャチャチャ♪ 投稿者:花京太 投稿日:2012/02/02(Thu) 10:37 No.601  
久々に花の適当料理
鶏飯=ケイハンは奄美の郷土料理、早い話が汁かけご飯、寒い時期あったまりますよ!

材料 ご飯 鶏肉 干椎茸 卵 しょうが ねぎ 青シソ 酒 醤油 味醂 塩 昆布のだし汁

1 薬味となるねぎは白髪ねぎに、青シソ、しょうがは千切りにする

2 卵は錦糸卵にする

3 干椎茸戻しては、醤油・味醂・酒で甘辛く煮含めて、細めに切る

4 鶏肉は、鍋に入れ、醤油少々、味醂少々を振りかけ、水1カップを入れ、1で残ったねぎの芯としょうがの皮をいれ蒸し煮にする。スープにつけたまま荒熱をとり、皮は包丁で千切り、肉は繊維に沿って手で細くほぐしておく。

5 3の干椎茸の戻し汁、4の鶏肉のスープ、昆布のだし汁でスープを作る。
味醂・醤油・酒・塩で、お澄ましよりは少し濃い味に仕上げる。

食べ方  どんぶりに暖かいご飯を盛り、鶏肉・錦糸卵・干椎茸・薬味をのっけて、熱々のスープをかけて、召し上がれ!

薬味は季節に合わせて茗荷なんかも良いですよ!

この料理は20代半ば、徳之島に行った時に知り、あまりのストレートな美味しさに感動し、我が家の定番料理となりました。真夏の食欲の無い時も不思議と入っていくし、この時期、冷え切った身体を芯から温めてくれる料理です。

徳之島と言えば、闘牛!これは本物です。マジ戦いです。ガツーンガツーンと角をぶつけ合い、牛の頭から鮮血も。その迫力は凄かった!
でも、もっと感動したのは、島の人達の反応!路線バスに乗ったら、オジイもオバアも小学生も中学生も○○○が勝った、□□□が負けた!?と闘牛話で盛り上がってるし、牛主一家は勝った牛をトラックの荷台に乗せ、太鼓と三線入りでと狂喜乱舞のエイサーパレードしてました。

そしてもう一つの感動は鍾乳洞。
たしか暗河(クラゴウ)と言ったかな?入り口で、おばちゃんに「一応電気付けるけど、良く停電するから」と懐中電灯と長靴を渡され中に入ると、ポツンポツンと裸電球、そして平らな歩ける所には河が流れている。正に暗い河!
どのくらい歩いたか時間の感覚が無くなっっているのですが、鍾乳洞を抜けたら真っ青な海と空があったことを30年経った今でも鮮明に覚えています。


今日もそちらは酷く吹雪いているようですね。こちらも寒いけど青い空があるからほんとうに幸せです。
大輔しゃん、貴方にとっての解放は、ボケじゃなく青い海でしょ!





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