上田豊明 著

   序

 東北の日本海側に面したとあるS市、東北地方にしては珍しく四季にめりはりがある街である。そこに住んでいる人々も多種多彩で、田舎らしくのんびりしている人もいれば、いつもせかせか動き回っている人もいる。あるいは、人生何とかなるさといって明日のことなど気にかけない者や、将来のことを考えわき目も振らず必死で勉学に励む学生、昇進のことをいつも気にしながら上司にヘラヘラゴマをする大人、といった具合である。
 このような環境の街S市の中心街から少し離れたところに、県立のE高校がある。県内でも著名な進学校として、建学以来の精神「質実剛健」「文武両道」の校風で有名である。この高校に入学している生徒達も、S市あるいはその近郊の環境に育まれてきたせいか、多種多彩である。
 その高校の3学年で、恐れ多くも校風の精神に泥を塗るような出来事が起こった。大阪万国博覧会が盛況に終わった翌年、1971年のことである。

    第1章 しかけ

その日、アオヒゲ(髭がものすごく濃く、剃った後の口の周り、頬が青々としているのである。丁度ホモオ田ホモ夫みたいな男である。事実そっち系の感があり「ホーラ、ホーラ感じるか。ウーン。」と言いながら、ジョリジョリした頬を誰彼かまわず摺り寄せてくるのである。)は珍しく寝起きが良かった。5月の中旬ということもあって、五月晴れのすがすがしい日曜の朝である。普段ならたとえ日曜であろうが、8時になっても起きないと階下から「○○○!○○○!早く起きてごはん食べなさい!」と、しゃがれてドスのきいた母親の声が飛んでくる。
 「あら、珍しいわね。ご飯できてるわよ。」さすがに今日は母も機嫌が良さそうだ。実際今日だけはあの声を聞きたくなかった。あの声を聞いてしまった日には午前中一杯憂鬱でならないのだ。
 朝ご飯を食べ終えると、予定どおりアオヒゲは工具箱を片手に学校へと向かった。
学校はシーンと静まり返っていた。中間試験の直前の日曜とあって、どのクラブも今日は練習をしてないようだ。アオヒゲはそれも計算に入れての行動である。躊躇することなく体育館ステージ脇にある女子更衣室へと向かった。ドアを開けるとプーンと女子高生独特の甘酸っぱい香りがしてきた。彼はこの匂いがたまらなく好きである。大人の女性の化粧品や香水の匂いにはうんざりなのだ。女子高生のシャンプー・リンス・石鹸、それに少し汗の混じったこの香りがこよなく好きであった。
 ドアを静かに閉め中に入ると、彼はしばし考え込んだ。仕掛けを幾つ作るかだ。板張りでできている床のところどころひび割れしている繋ぎ目を、丹念に見て回った。「んッ。7つだ。」おもむろに工具箱からノミとトンカチを取り出し、床のひび割れした繋ぎ目にノミをあてがいトンカチで叩きながら少しずつ少しずつ穴を広げていった。床表面に削り跡が残らないよう細心の注意を払って。すごい集中力である。作業している間中「トントン」「コンコン」という音が響いているのである。誰か見回りに来て、見つかるんじゃないかといった考えはまるでなかった。それにこれは自分の為だけにやっているんじゃなく、皆んなの為にやっているんだというボランティア精神こそあれ罪悪感というものは微塵もなかった。
 1時間もたったであろうか。穴の大きさはまちまちであるが7つ削り終え、額の汗をぬぐいながらセブンスターに火を点けた。「仕事の後の一服はうまい。」などとうそぶきながら。
 一服しおえた彼はノミ・トンカチを道具箱にしまい、何事もなかったように学校を後にした。
 
 穴を削った女子更衣室の下は、現在は使用されていない某運動クラブの部室であった。当然下の部室であったところには天井があり、女子更衣室の床とは30cm位の隙間がある。しかし、アオヒゲは前日の土曜日のうちに下の部屋の天井板をひっぺ返し、明かりが漏れない暗室にする為、窓も板で目隠しするといった作業を終えていたのである。

    第2章 ハイエナ登場

 明くる月曜日、アオヒゲは例のごとく母親のドスのきいた罵声を浴びてから、学校へと向かった。(「クソゥー。あのババァー。」)と思いつつも、面と向かうと何も口答えできない頭の上がらない母であった。
 人間何か秘密めいた事をやったりあるいは知ったりすると、一人でしまいこむ事ができず、ついつい誰かに話したくなるもののようである。
 アオヒゲにおいても同様である。加え、自分で作った例の暗室に自分一人で行ってもつまらないことは判っている。1時間目を終えた休み時間に、彼は同じクラブのマウス(鼠の意ではない。口のほうである。とにかくベラベラ、ベラベラ喋るのである。口から先に生まれたような人間である。しかし、頭がいい。学校の勉強ができるというんじゃなく頭の回転、キレがいいのである。これは婆さんに似たんだと思う。彼の家は由緒ある古くから商人として功をなした本家にあたり、毎年12月28日にモチツキを行っている。何軒かの分家の分までツクので半端な量ではない。従って彼の悪友グループが借り出されるのである。当然丸もちで、手で丸めるのであるが、それを仕切っているのが御年80ウン歳のお婆さんである。足腰はもちろん頭もしっかりしている。大きい平板(戸板みたいなもの)に片栗粉をまぶし、(餅が板にくっつかないように)その板の周りに悪友グループどもを含め12〜3人を座らせて、搗きたてのモチを千切っては投げ千切っては投げるのである。それが各々座っている場所に、順番にピタピタと投げてくるのである。見事なコントロール。そしてその千切った量がほぼ均一なのだから驚いてしまう。げに恐ろしきは、その職人技である。更に慄いてしまうのは、モチを千切って投げるたび毎に喋べまくるのである。大体は「今の若い者んは、・・・。」といった調子のものであるが、そのボキャブラリーの豊富さに舌を巻いて逃げ出したくなるのである。そんな遺伝子を彼マウスが受け継いだものと思われる。)に「ぜったい、誰いさも言うなよ。」と、まあよくある接頭語みたいな出だしで話し始めたのである。マウスはマウスで心得たもので「判がた。ぜっさい誰いちゃも喋べんねはげ。」と言いながら、三学年各クラスの女子の体育の時間割を覘きに出かけて行った。
 とかく噂なるものは、かなり広範囲でしかも光ファイバー並の速さで伝わるようです。この定員7名の暗室の件についても昼休み時間までには、「マップ」「リーダー」「ドック」「ドール」
「ダンヒル」「フェミン」の6人の間に伝わってしまった。
(※注:上述6名の紹介は、後ほど登場したときにふれます。)
 昼休み時間も終わり頃、この話を知った8人が廊下に集まって「暗室」の正しい利用の仕方について打ち合わせしていた時である。はるか彼方から血相かえでドダドタ走ってくる者がいた。「あっ、」全員悪い予感が頭をよぎった。彼だけには教えたくなかったのだ。余程近づいてきてから「おいっ!おいっ!おいっ!お前らー。」とわめきながら走ってきた。ハイエナ(とにかく血の匂いに敏感で、喧嘩っ早い。他の誰かが喧嘩していて血を出そうものなら、1km先位までだったら匂いを感じ取り突っ走っていくのである。その場合上手に仲裁するときもあるが、大体は自分も喧嘩に加わってしまい被害を大きくする方である。また自己虫的な面がままありこの学校の番的存在でもある。それでも、義理人情には篤く他人の面倒見もよく、考え方・行動に一本ビシッと筋の通った熱血漢である。)である。「お前ら、何で俺いちゃ教しぇねなや!」
 「んだって、とっくにアオヒゲから聞いだど思ってだもの。」口から先に生まれたマウスでさえハイエナには毒舌がきかない。アオヒゲも罰が悪そうに「悪る。悪る。真先ぎに教しぇるつもりだったんだ。」と言うしかなかった。ハイエナも先に謝まってこられると、それ以上文句をつける奴ではない。そこが彼の良いところであり、皆んなもその辺は心得ていた。それからは、午後の授業の始まりのチャイムが鳴るまで、ヒソヒソとあるいは「ウヒヒヒヒ。」と嫌らしい笑いを吐きながら、暗室の正しい利用の仕方・ルールを相談していたのである。

    第3章 行動開始

 翌日火曜3時間目の終礼と同時に、暗室に向けて廊下を我先争いながら走り抜けていく一陣の姿があった。暗室でのポジション取りの為である。定員7名に対し9名が走りこんでいく。「ヤロー、待でー、俺いの方が早いぇあんぞ。」席の争奪戦を、互いに罵りあいながらドタバタやっている。昨日決めた「正しい利用の仕方・ルール」は何だったのだろうか。
1. 室内においては、紳士的振る舞いを旨とし、騒いだり大声を発したりしないこと。
2. 室内において見えたものは、決して他言しないこと。
3. 10分という限られた時間なので、互いに譲り合い交代しながら利用すること。
4. 暗室の所在について決して他言しないこと。
これら紳士協定4ヶ条は、彼らの欲望の前に脆くも崩れ去っていたのである。
 
やはり一番騒々しいのはハイエナである。「お前ぇがだ、静がにせよっ!。上の方さ聞ごえでしまうんでろ。」あんたの声が一番うるさいのだ。また、席取り競争に敗れたフェミン(本人は、女性というのは優しく可憐でか弱いものであるから、男が守ってあげなければならない。などとフェミニスト気取りでいるが、単なる助平なのだ。あの子はここがいい、また別のあの子はここが可愛い、と恋多き男である。しかし、今まで誰一人として恋愛にまで発展したことはなく、いわゆる「ツキアッタ」てことがない男なのだ。)は、物欲しそうにドール(外見上はすらっとした体型で、顔も彫が深く一つ一つのパーツにメリハリがあり、髪の毛もナチュラルウエーブが効いていてモテる要素があるのだが、所かまわずゲップをしたり歩きながら屁をこき捲くったりするものだから、女性の間からは、お人形さんみたいに黙って動かないでいてくれれば「かっこいいのにネ。」と囁かれているのだが、本人は「関係なしっ。」とお構いなしだ。)のガクランの裾を引っ張りながら、「ねぇー、まだぁー、早ぐ代わてよー。」と懇願するが、「待で待で、今一番良いどこだはげ」と言いながら、得意の屁をカマスだけて取り合ってくれないのである。また、もう一人席取りにあぶれたマップ(社会科の地理だけは優秀で同じ地理を得意とするハイエナと、時間さえあれば世界地図を広げ問題の掛け合いっこをしている。最初のうちはお互いまともに問題を出し合っていたのだが、飽きてくると「北ベトナムの首都はハノイで南ベトナムの首都はサイゴンですが、それではこの地図上でハノイとサイゴンの直線距離は何センチでしょうか。」幸せな人たちである。)は、リーダー(英語の授業にリーダーとグラマーがあるが、彼はそのリーダーが得意なのである。長文を読ませればなめらかで流れるような発音にウットリするし、また黒板に字を書かせればこれまたなめらかで流れるような筆記体を披露してくれるのである。担当の英語教師に「ウーム。まずい、俺の立場がない。」と額に脂汗を掻かせて、本人はいけシャーシャー涼しい顔をしているのである。)とドック(この悪たれグループの中では一番学業ができて本人も将来は医者になることを目指している変わり者なのだが、いわゆるガリ勉にはなりたくないと思っている。この多感な高校時代を学問の勉強だけで終えたくないし、クラブ活動にも情熱を注ぎたいとも思っている。また、ルールすれすれの悪ふざけも何かしら好奇心をそそられるのである。)の間を「俺いちゃも、俺いちゃも。」と行ったり来たりしているが、両名とも汚いものを追っ払うように「しっ、しっ、あっちゃ行げ」と完全に無視しているのである。
 アオヒゲとマウスは、天井の上に向かって「違う、違う。もっと右。あっいや、もうちょっと左」などと本人たちは小声で言っているつもりなのだろうが、興奮しているせいか声のボリュウムが段々大きくなってくるのである。そんな中暗室の奥で黙々と見上げている奴がいた。ダンヒル(ダンディーでニヒルといったところかもしれないが、とにかくカッコ悪いことは絶対にしないのである。ドールのような屁こきマンは言語道断、五合黄疸である。彼は既製の学生ズボンを履かないで、黒のスリムなGパンをよく履いてくるのである。)である。ウンともスンともない。ただひたすら見上げているのである。ひょっとしたら彼だけかもしれない。紳士協定4ヶ条を遵守しているのは。

    第4章 男と女

 噂というものは、必ず広がっていくものらしい。暗室についてもそうである。日にちが経つにつれ訳の分からない有象無象共が入り込んでくる。だからますますハイエナの苛立ちが増し、怒号も頻繁になってくる。そうなるとさすが天井上の御仁たちも、ウスウス気がつきだしてくる。床穴を風呂敷等で覆い隠す技が出てきた。あるいは穴からの仰角と伏角を計算し、死角となる場所を割り出す「秘技測量の技」を使うもの。かと思うと奇特で心優しい御仁も現れた。なんと床穴をまたいでくれるのである。これには下の下郎一同が感涙して、観音様に手を合わせるように柏手を打つのである。ところが敵も然る者で只では観音参りをさせない。湾岸戦争の「砂漠の嵐作戦」を思わせる「秘技、目潰し砂落し作戦」に打ってきたのである。「ふてぇーアマだ。」幸いその時は惨事に至らなかったが、次の日からはゴーグル持参で来る奴もいた。
 アオヒゲは、暗室の設計・工事責任者としての立場からか、何かブツブツ呟いていた。
「男がスケベなのは当たり前だろう!。そして女が、その男のスケベを多少の演技も含めて、恥じらいを持って受け入れるから、子孫が途絶えることなく繁栄していくんじゃねえか!。」何かしら、祭りの後の寂しさにも似た空しさを彼は感じ始めていた。

    第5章 終焉

 しばらくは、暗室も盛況を保っていた。フェミンの「メモ」が高評だったらしい。生徒手帳の時間割表に、1年から3年の各クラス女子の体育の時間割が書き込まれていたのである。(この熱意を勉学に注いでいたらと、後になって悔やむんじゃなかろうかと思われる。)
 しかし、あることをきっかけに、パタッと暗室の賑わいがなくなったのである。
 とある朝、カッコ悪いことが何よりも嫌いなダンヒルが、眼帯をしてきたのである。朝のHRで担任が「おっ、ものもらいでもでぎだが?」と言った瞬間、野郎共がゲラゲラ笑い出したのである。一部の女子もクスクスと笑いをかみ殺していた。担任は訳が分からずクラス全体を見回し、「えー、何か面白い事があったのかい。」と顔をほころばせながら聞いたのである。
 ダンヒルは、顔を真っ赤にして「いや、何でもネ。」
 こんなに恥を掻いたことは今までなかったろう。生まれて初めて味わうカッコ悪さであった。これを境にパタッと暗室に行くことがなくなった。少なくとも悪たれ9人の間では。

 3年生になってからのクラブ活動は、6月・7月のインターハイの地区予選・県大会等敗れた時点で引退することが慣わしになっている。一部勝ち進んで8月のインターハイ本大会まで頑張っているものもいる。いずれにしてもクラブ引退後は、当E高校が進学校である為受験勉強一本の生活となって行く。悪たれ連中にしても同様なのであるが、それは極一部で殆どが暇を持て余していて、何か新しい刺激を求めていた。ハイエナとマップはあいも変わらず地理の勉強と言いつつ下らない問題の出し合いをしているし、昼休みには「やっぱ、人間体力だ。」と吠えながら、フェミンをも無理やり誘い「校内一周マラソン大会」と称して、廊下を「エッホ、エッホ。」と掛け声を出しながら走っているのである。そして、自分が一番でないと必ず「おまえら、ズルしたろう。」とイチャモンをつけてくる。これが毎日のように続くのである。
リーダーのクラスでは、「ボクシングごっこ」なるものをやっていた。「あくまでも真似だけ、真似だけだはげの。」と言いつつ、「ジャブ、ジャブ、ストレート、フック、アッパー」と打つ真似事をしているのだが、たまに間違ってボディーにパンチが入ることがある。打った奴は「悪リイ、悪リイ。手元が狂てしまた。」パンチが入ってしまった方は「OK、OK。なかなか良いパンチだけ。」と笑っているのだが、目が三角になっているのは一目瞭然。「したば、次俺の。」と段々エスカレートしてゆき、お互い「ごっこ」を通り越して、他の皆から「まあ、まあ。」と止められるのである。しかし、これも毎日のように続くのであるから何ともしょうが無い奴らである。
そんな訳で、暗室がどうなったんだろうと話題にする者さえいなくなった。製作者のアオヒゲでさえも「う〜ん、どうだ。感じるかい。」と、誰彼かまわず嫌がる奴を捕まえては、髭面の頬を摺り寄せている日々を過ごしていた。

   跋

 翌年の3月1日、卒業式。
国立の1期校、2期校を受験するものは、受験と重なるため出席しないのが慣わしである。中にはわざと見え張って「俺、国立受げっさげ。」といいパチンコをやっている奴がいた。
 アオヒゲは、しっかり出席していた。あの頭の上がらない母親が「○○○!私、卒業式に行くからね。」と何日も前から「何を着ていこうかしら。」などと、それは、それは楽しみにしていたからである。
 彼は、式が粛々と進む中、考え込んでいた。「俺も何とかコノ高校を卒業できた。あの、毎回、毎回校内アナウンスで落第点を取って職員室に呼ばれていた、フェミンでさえ卒業して大学に行くらしい。俺も含めて彼ら20年後、30後にはどうしているんだろうか。きっと住んでいるところはバラバラでも、ここでの3年間の付き合い、お互いの熱い想いは忘れないでいてくれるよな。それぞれが良い伴侶を見つけ結婚し子供ができ、髪の毛が薄くなったり、腹が出ていたりしているかもしれないが。毎年でなくてもいいんだけど、せめて2〜3年に一度位は皆んなが集まり、言葉なんか要らない、ただ肩を抱きしめながら酒でも酌み交わしたいものだね・・・・。」と。
 卒業式も終りを迎え、教頭が閉式の辞をうやうやしく宣言していた。

 2002年彼の悪たれ9名、一名死亡、一名行方知れず。

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